黄色いピース(460円)の思い出2016/04/30

黄色い包みを見るとしみじみと思い出す顔がある。

「目に滲みるんですがねぇ~」・『窓開けろぉ~』・「寒いんですがぁ・・・」
「髪と服に臭いが移って、女房が嫌がるんです」・『ウチの奥さん、諦めたよ』
「落ちます、燃えます!」・『こうすりゃ大丈夫だょ、○さんは喫ってたんだから分かるだろ。△さんは知らないだろう-こうすりゃ大丈夫サ。ほら!』
「今はそんなこと問題じゃないんですが」

決まり文句は『今時、命差し出せとは云んだろ、オレのころはなぁ~、まぁそんなに悲観しなさんな』そんな師匠から、ある山間の宿で『実はなぁ』話を伺った記憶が甦る。
なんというか、まぁ、ありそうな話ではあるが、真偽のほどは定かではない。

実録昭和史-A村小秘話

 むかし、そこには怪しげな雲のかかることはあっても、まずまず明るくて呑気に暮らすことができていた。
 それがいつのことだと覚えている人は今では少なくなってしまったが・・・村の片隅でボヤがあり、村人総出で火消しに努めたが、その甲斐いもなくあっけなく焼け落ちてしまった。心ある村人は『燃えてしまったものは仕方がない、頑張って再建だ』。しかし他方には『そんな縁起でもないところには絶対に許さぬ』と云う村人もいて、にっちもさっちも行かない状態になってしまった・・・と云うことが確かにあった。
 困り果てた村長がある高名な老僧にお伺いをたてたところ、『池にナマズ様を放ちなさい。やがて地中深くにお住まいになって、きっと末永く村の守り神様になってくださるに違いない。』
 幸にしてその村は熱い信仰心をもつ人が多かったので、村長の指導に従ってひたすら働いた。時は流れ、やがて村はかつての安寧を取り戻した-あれから三十有余年。平成の或るときに別のところでも出火があったが、昔の体験から『あれは怪雲が降らせた通り雨』だと直ぐに分かり、村人は一生懸命に再建に努めたと聞いている。
 なんでも昨今もうおひとり別のご神体を-という話がどこかの片隅で囁かれているらしい。罰当たりなことだなぁ。
 
 天国か地獄か何処にお住まいか存じませんが、あれはこんな筋だったでしょうか?
『難解だねぇ~、理解されないょ。もっと具体的に分かり易く書いた方が良いょ』
「でも本来誰も識る筈のないことを、分かったように書くこと自体が誤りでは?」
『まぁそう云っちゃうと元も子もないから、そういうところはねぇ、何となくだょ』
今度お目にかかる時には、ピース持参で伺いますので、いま暫くのお待ちを-合掌ー