ウルムパイプ#01 - ドイツのクレイパイプ ― 2011/09/06
標題は”ウルムパイプ” ですが、本稿の内容は番外です。
Manger氏の第2章から; ドイツ・パイプ史のさわりを紹介します。
以下,Manger氏本の私訳・引用文は二重括弧『』に入れておきます。
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かつては下図のようなパイプが作られていたそうです。
Manger氏の第2章から; ドイツ・パイプ史のさわりを紹介します。
以下,Manger氏本の私訳・引用文は二重括弧『』に入れておきます。
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かつては下図のようなパイプが作られていたそうです。
図1 クレイパイプ-ドイツ人が煙を楽しんだ最古の証明書.
(注:13ページの第3図 (A.Manger,1998)を転載)
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ドイツクレイの始まりに関する部分を手短に引用します。
『欧大陸で最初のクレイパイプは、オランダで1617年に作られたと思われる。
それは瞬く間に全ヨーロッパに広がった。ドイツでは30年戦争(1618~1648)の間に
煙草と喫煙習慣が持ち込まれたことが分っている。 煙草とパイプが普及するにつれて
ドイツの多くの地域で安いクレイパイプが大量に作られるようになった。低地ライン地方クサンテンXantenとヴェーゼルWesel地区の周囲では、早くも17世紀前半(1625年前)にはクレイパイプが作られていた・・・』
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下図は、Manger氏自身が調査して作成した-”クレイパイプ窯” の分布図です.
『クレイパイプの製造はオランダから、ケルンKölnを経てラウム・フレッヒェンRaum
Frechenに伝わった。図示した場所の内で、Westerwälder(西の森)地方のHöhrエールとGrenzhausenグレンツハウゼンが重要な場所である・・・。』
(注:13ページの第3図 (A.Manger,1998)を転載)
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ドイツクレイの始まりに関する部分を手短に引用します。
『欧大陸で最初のクレイパイプは、オランダで1617年に作られたと思われる。
それは瞬く間に全ヨーロッパに広がった。ドイツでは30年戦争(1618~1648)の間に
煙草と喫煙習慣が持ち込まれたことが分っている。 煙草とパイプが普及するにつれて
ドイツの多くの地域で安いクレイパイプが大量に作られるようになった。低地ライン地方クサンテンXantenとヴェーゼルWesel地区の周囲では、早くも17世紀前半(1625年前)にはクレイパイプが作られていた・・・』
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下図は、Manger氏自身が調査して作成した-”クレイパイプ窯” の分布図です.
『クレイパイプの製造はオランダから、ケルンKölnを経てラウム・フレッヒェンRaum
Frechenに伝わった。図示した場所の内で、Westerwälder(西の森)地方のHöhrエールとGrenzhausenグレンツハウゼンが重要な場所である・・・。』
図2. ドイツにおけるクレイパイプ製造地.(注:16ページの第4図 (A.Manger,1998)を転載)
国境線が入っていないこともあり、「何処がどこだか?かなり分り難い!」と云う方は
この地図(ドイツ観光局?)を参照して下さい。但し重く,幾つかの地名が対照不可)
下はドイツの地形を大ざっぱに区分した図です(Wikiipediaから)
上図の窯場を記憶して、下図に投影して下さい。
多くのパイプ窯は、緑色に塗られた低平地に分布しています.
国境線が入っていないこともあり、「何処がどこだか?かなり分り難い!」と云う方は
この地図(ドイツ観光局?)を参照して下さい。但し重く,幾つかの地名が対照不可)
下はドイツの地形を大ざっぱに区分した図です(Wikiipediaから)
上図の窯場を記憶して、下図に投影して下さい。
多くのパイプ窯は、緑色に塗られた低平地に分布しています.
図3. ドイツの地形区分(wikipediaより)
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この先は想像混じりの上に、少し細かい話になります;
下図は、ヨーロッパの地質の概要を表しています。
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この先は想像混じりの上に、少し細かい話になります;
下図は、ヨーロッパの地質の概要を表しています。
図4. ヨーロッパの地質図(http://www.soton.ac.uk/~imw/Geology-Britain.htm より)
この図に窯場を投影すると,多くはピンク色の処に分布するように見えます。
凡例によると、ピンク色の地域には,Quarternaly Drift:第四紀の漂礫土 が分布しています。
漂礫土とは,氷河に削られ、運搬されて溜った堆積物を指す専門語だそうです。
水流による分別過程を経ていないので、粘土や砂,岩塊などが雑然と堆積しているそうです。窯業用の代表的な鉱山では,この種の堆積物から粘土を採取しているようです。

図5. Westerwaldの粘土採掘場
ドイツ連邦地球科学・天然資源研究所のHPより
地質図から推測すると
高地ドイツ地方には、粘土を含んだ氷河積物-つまりパイプの原料が乏しいようです.
クレイ窯が造られなかった要因の一つかもしれません。
ところで;
Manger氏の本には殆んど登場しませんが、ドイツを含む中央ヨーロッパでは一時期
磁器パイプ(porcelain)が流行ったそうです。 下図の右(ⅲ)がそれです。
ドイツ連邦地球科学・天然資源研究所のHPより
地質図から推測すると
高地ドイツ地方には、粘土を含んだ氷河積物-つまりパイプの原料が乏しいようです.
クレイ窯が造られなかった要因の一つかもしれません。
ところで;
Manger氏の本には殆んど登場しませんが、ドイツを含む中央ヨーロッパでは一時期
磁器パイプ(porcelain)が流行ったそうです。 下図の右(ⅲ)がそれです。

図6. 独墺の代表的なパイプ(A.Dunhill,1924: The Pipe Book, plateXXⅢより)
うるさく言えば、clayクレイは陶器(素焼き)で、porcelainは磁器を指します。
両者の違いは焼成温度の差だけではなく、原材料も異なります。
磁器の原料は、いわゆる粘土鉱物ではないので、漂礫土とは別の地層か岩石から採取
することになります。それで磁器パイプ窯の位置は、図2とは少し違っているかも知れません。もちろん材料の調達ができれば、クレイと磁器の両方を製造した窯元もあったかもしれません。
ところでクレイパイプの本家はイギリスで、H.Dunhill(1954)によれば【1575年にはShropshireシュロプシャイアーのBroseleyブロズレイで造られていた・・と考えられている 】 (The Gentle Art of Smoking, p86) .
それが、オランダに伝わる。
Liebaert&Maya(1994)の”パイプ歴史図鑑”(The Illustrated History of the Pipe)によると【1617年、ハウダGoudaに最初のクレイパイプ工場が作られた・・そして
1930年には、UtrechtユトレヒトとGelderland地方で葉タバコの栽培も始まった】
Goudaはロッテルダムの近くにあります.1630年には早くもヨーロッパのクレイパイプ製造の中心地になっていたそうです。ドイツクレイはまずライン川を遡行して広まったようです.また同時に、ここからフランスにも伝わったそうです <この稿終り>
【余談】
個人でクレイを焼いてネット販売している人がいました。1本2千円くらいです。
http://www.dawnmist.demon.co.uk/pipesale.htm
ベルリンの北に,粘土街道と云う観光ルートがあるようです。そのHPに陶磁器と粘土鉱物の手ごろな解説がありますが、独文だけで・・。
うるさく言えば、clayクレイは陶器(素焼き)で、porcelainは磁器を指します。
両者の違いは焼成温度の差だけではなく、原材料も異なります。
磁器の原料は、いわゆる粘土鉱物ではないので、漂礫土とは別の地層か岩石から採取
することになります。それで磁器パイプ窯の位置は、図2とは少し違っているかも知れません。もちろん材料の調達ができれば、クレイと磁器の両方を製造した窯元もあったかもしれません。
ところでクレイパイプの本家はイギリスで、H.Dunhill(1954)によれば【1575年にはShropshireシュロプシャイアーのBroseleyブロズレイで造られていた・・と考えられている 】 (The Gentle Art of Smoking, p86) .
それが、オランダに伝わる。
Liebaert&Maya(1994)の”パイプ歴史図鑑”(The Illustrated History of the Pipe)によると【1617年、ハウダGoudaに最初のクレイパイプ工場が作られた・・そして
1930年には、UtrechtユトレヒトとGelderland地方で葉タバコの栽培も始まった】
Goudaはロッテルダムの近くにあります.1630年には早くもヨーロッパのクレイパイプ製造の中心地になっていたそうです。ドイツクレイはまずライン川を遡行して広まったようです.また同時に、ここからフランスにも伝わったそうです <この稿終り>
【余談】
個人でクレイを焼いてネット販売している人がいました。1本2千円くらいです。
http://www.dawnmist.demon.co.uk/pipesale.htm
ベルリンの北に,粘土街道と云う観光ルートがあるようです。そのHPに陶磁器と粘土鉱物の手ごろな解説がありますが、独文だけで・・。




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