PS雑記:”メシャム”ってなに?-その12009/12/29

 セピオライトと呼ばれる鉱物の集合体-つまり岩石で、トルコの特産品。帝政ローマ時代にはすでにその存在が知られていたそうです(写真・下;エスキシェヒル産のセピオライトつまりメシャム)。  【検索キーワード:エスキシェヒル(県名または市名)か、セピオライトを勧めます】
sepiolite
Figure1 Sepiolite, Eskischehir,Turkey.  Weathering product of serpentine.
Associate minerals are opal,chalcedony,magnesite, chlorite. Common form is
nodular masses, compact, massive, porous, earthy. Physical property is soft,
floats on water. Colour is white, white-grey, yellowish, greenish-blue.
after Minerals,Rocks and Precious Stones.

パイプたばこ党なら、たいていの人が知っている ”メシャム-パイプ”ですが、<メシャムの素性>となると、余り知られていないだろうと思います。<ブライヤーの木目>に注目する人はいても、<木の素性>に注意を向ける人は少ない。<メシャムの造形>には感じ入っても、<成分や構造>に関心を向ける人は稀でしょうね。
<メシャム>=< Meerschaum >(独語/男性名詞:海のあわ、鉱物名:海泡石)
        =< Meer海(中性名詞)+Schaumあわ(男性名詞) の複合語。
        =含水マグネシウムケイ酸塩。  

パイプ入門書では、せいぜいこれくらいか。
メシャムの贋作については、先の記事で触れました。
本物についてこの程度では、あまりにも寂し過ぎるので少し学習します。
なおメシャム製の”パイプを詳しく知りたい方”に、この記事は時間の無駄です。メシャムパイプに特化した”東京メシャム”(http://humpty.nce.buttobi.net/)を勧めます。

<カイホウ石>と云っても、<灰硼石>(同音の異種鉱物)ではないので注意してください。<メ~ルシャゥムまたはMeerschaum>の語を、専門書で調べてもなかなか出てきません。要するに鉱物名(学術名)としては、セピオライト。メシャムは今では石材名、俗称といった扱いなので、調べるときはセピオライトsepioliteが良いでしょう。
細かいことですが、海泡石の<あわ>の漢字は<泡>ではなく..昔の綴りは勹の中が己ではなく巳になっています。いくつかのHPでは、<海宝石>という漢字で表記してありましたが、<当て字>もいいところで、論外!ですネ
トルコ語では、リュレタシュ( lületaşi)。 
主要な産出地であるエスキシェヒルの公式サイトはここです。適当にクリックしていると、メシャムを採掘している現場の風景写真が見つかりますが、トルコ語のイロハぐらいは知っておいた方がよさそうです。トルコ語はここで学習しましょう

『地学事典』(平凡社、1970年版)で<海泡石>は次のように記述されています;
英: sepiolite(セピオライト)、独:Meerschaum, Sepiolith(メールシャウム、ぜピオリート)仏:sépiolite(セピオリット)、露:сепиолит(セピオリート)。 (注:カタカナは私の音)化学式:Mg₂Si₈O₂₀(OH)₂・8H₂O (注:下付きモル数は、Mg:Si:O,OH = 2:8:20:2)。結晶系:斜方晶系。 格子定数:a₀13.5、b₀26.97、c₀5.255(Å)。繊維状集合体。 硬度:2~2.5。 比重:2。 灰白~帯黄・帯赤色。 二軸性負。 2V小。屈折率:1.52~1.53。 塩酸により膠化(こうか)。 変質物として蛇紋岩中に産出。 白またはクリーム色のものはパイプに加工。 トルコのEskişehir、ギリシャ、チェコスロバキアなどに産出。イカの甲に形が似ているためギリシャ語のsepia(イカ)から命名(嶋崎吉彦・岡野武雄)。 -以上-

 要するにMgに富んだ粘土鉱物ですね。粘土鉱物はsheet silicateシートシリケイトと云って-雲母が代表例-薄い紙を何枚も重ねたような結晶構造をもつことが普通なのですが、メシャムは繊維状(=ごく細い柱状)結晶であることが大きな特徴。また<箱型に抜けた空間=トンネル>があるようです。粘土の仲間では、ちょと変な構造をもった鉱物といった位置づけになります。原子配列つまり結晶構造が柱状(繊維状)なので、岩石は塊になることができて、パイプを削ることができる訳です。下に模式図を引用。
セピオライトの構造
(永田洋(1976):セピオライトの結晶構造.粘土科学16,10-19.) 引用は藤井紀之:トルコからの便り(その3),地質ニュース470号から孫引きしました。
 
 ブライヤ-パイプに対比すると、セピオライトの結晶C軸方向が、ヒース木の主幹方向(つまり天地方向)に相当し、箱型のトンネルが”道管”と云うところですね。セピオライトのトンネル内空は5~10Åぐらいだそうです。広葉樹の道管の直径は20~400Åというオーダーですから、一つ一つの孔の大きさはブラーヤーの方が大きそうです。しかし、全体的な空隙率についてはきちんと算定してみないと分かりません。

 さて、『地質ニュース』と云う科学系の雑誌があります(産業技術総合研究所編集、㈱実業公報社出版)。内容は専門的ですが、『解説記事』が主体ですから、高校生くらいから読めます。そのNo.467号(1993.7月)が<トルコの地質と地下資源の特集号>だったので、のぞいてみました。「トルコの工業原料鉱物-その開発及び利用の現状-」(A.Iscanアリ・イシジャン(MTA)、藤井紀之(JICA)訳,p.p33-49)という論説に、海泡石について数行の記述があったので引用します。(注:MTAはトルコ鉱物資源調査総局の略称)

【4.超塩基性岩に伴う鉱床、 4.3海泡石;
 トルコ特産ともいえる海泡石は中央アナトリアのエスキシェヒルEskisehirの近くのセペッチおよびトルクメントなどで採掘されている。海泡石は超塩基性岩起源の砕屑物質を多く含む段丘堆積物の中に、大小の角礫として産出する。恐らくマグネサイト礫がケイ酸を含む地下水の作用で交代されたものと思われる。】           -以上- 
(注:Eskisehirは冒頭写真の産地に同じ。綴りは原文が英語式なのでそのままとした)

主産地の略図(本文p42)を下に示します。赤く印を付けたところです。首都アンカラに近い。
メシャムの産出地
なお生産量は、1980年:250、1985年:336.0、1990年:80.0(単位1000トン)。
                                       
下の写真は、Eskişehir市の南西15マイル付近の山地の風景(by Recep Başkan、panoramio.)
エスキシェヒル
 写真中央部の崖の上部に、丸や卵型の岩石がゴロゴロ入った厚さ2m程の地層が見えます。これは写真で見る限り、段丘礫層(段丘堆積物)のようです。上の解説文の記述では、このような地層の中にメシャムの塊が入っているとされています(写真に映っている地層にメシャムが入っているという意味ではありません。写真は段丘礫層の一般的な様子を例示するために引用しました)。 『The Illustrated History of the Pipe』によると、地下80mほどの深かさにある地層からメシャムパイプの原材料を採掘しているようです。
 少し解説します。段丘とは上の写真のように川や海辺にできる地形で、急な崖が階段状になっている地形を指します。段丘の成因は、地面が急速に隆起するか、海辺が遠ざかるといったことが起きると-(氷河期も大きな要因の一つ)、河川勾配が急になります。すると平均流速が速くなり、川底の侵食速度が速くなる。それで水辺の岸に崖ができるというように解説されています。逆に海面が上昇すると、河川勾配が緩くなり、侵食は止まり逆に、水流の周りに土砂が堆積するようになる。それで河原のような平坦地形ができる。この繰り返しによって、段々のある地形ができる。教科書ではこんな説明になっていたと記憶していますが..。
 礫層とは何か。例えば現在の河原にある砂や泥や礫(石ころ)は、一つ一つを取り出すことができます。しかし全体を一まとまりの単元とみなすこともできます。あるまとまりと見做した時の全体を地層と呼び、その中に石ころが混じっていればそれが礫層です。層全体は固まっていても、固まっていなくても構いません。固まっていれば固結した地層と云い、石や砂粒がばらばらになるようであれば未固結層。河原の表面にある石はバラバラですが、何mか下ではある程度は固まった地層ができていることもあります。
 段丘礫層とは、段丘地形の表層~上層部分を構成している地層が、礫層であるということ。川辺や海辺には、上に説明したように石がゴロゴロしているところが珍しくない訳で、段丘地形の一部が礫層で構成されていること自体は不思議ではありません。
 
 メシャム鉱山の訪問記を見つけました。百聞は一見に如かずです。
高原地形の山頂部で地下へ数10m掘るそうです。坑道は-タヌキ掘り-みたいです。鉱山の場所はエスキシェヒルから南東へ30kmほど、Karatepeカラテぺという高原の村にあります。地形的にみてやはりかなり古い時期の段丘礫層のようです。それと思しき辺りを空中写真google earthで見ると、ぼた山が点々と見えます。
 山師として儲ける積りがなければ、上写真のようなところで、岩石サンプルを探して満足する方が無難なようで。質を問わなければ、大抵のところで見つかりそうです。ちなみに原石の現地価格は、握りこぶしの3倍くらいの塊が25~35ドルだそうです。悪くないですね。
 高い標高域にある段丘礫層なので、形成年代はかなり古そうです。一般に段丘礫層は、標高が高い所に分布しているものほど、形成年代が古いのです。なぜでしょうか。時間を何段階かに分けて、ポンチ絵を描いて考えてみてください。

 トルコの中央部を空中写真で見ると、茶色の大地のあちらこちらに純白の地面が見えます。地表が白いのは、Magnesiteマグネサイトという白い鉱物((MgCO₃)が多いからです。マグネサイトはメシャムと同じく狭義には鉱物名ですが、そればかりが集まれば岩石名とも云えます。マグネサイトは、トルコでは超塩基性岩に伴う代表的な鉱床です。今では悪名高いアスベストも同じような条件で出来るので、昔は随所で採掘していたようです。
 
 念のため:アスベストとメシャムの外見は似たところがあり、化学成分も近いですが、人体への毒性という視点では別物なので、気にしなくてもよさそうです。そもそもアスベストという名称自体は工業用原材料名であり、総称でもあり、俗称でもあります。鉱物学の細分類名で云えば、アスベストとされている<もの>には数種類の鉱物が該当します。毒性の強いアスベストとされている鉱物に、セピオライト(メシャム)は該当しません(これまでのところは)
 
 トルコの観光案内用のHPを見ていると、土産物として石材の彫り物が多いようです。写真で見る限り、玉髄(Chalcedonyカルセドニー:SiO₂。細い繊維状の石英とわずかなオパールの集合体)を使っているようです。玉髄は宝石名としては、めのう(Agate), 碧玉(Jasper)などと呼ばれることがあります。なお、Opalオパール(たんぱく石)はSiO₂・nH₂Oで、非晶質。
 また一見、ヒスイ(Jadeiteジェーダイト:NaAl[Si₂O₆]、下付き数は2と6)のように見えるものもあります。超塩基性岩が多い地方なので、Jadeiteが出ても不思議ではありませんが..。
 玉髄は地表付近の低圧な条件下で普通にできます。冒頭写真の説明文にセピオライトには玉髄やオパールが伴われるとありますが、これらの鉱物は生成条件(温度・圧力条件)がほぼ同じということです。一方、ヒスイは地下深所の高圧条件下でないとできません。製品の見かけはよく似ていても、生成条件は全く異なります。
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 ここまで書いて、パイプ党向けにはもう少し有益なバックナンバーがあることが分かりました。とりあえず下に列挙しておきます。在処は上と同じくここです。年次と号数からすぐ見つかります(pdfファイル、無料閲覧可。編集元の以前の名称は通産省工業技術院ですから、ご安心を)。

1)下坂康哉・和田猛郎(1986):新素材セピオライト-近くて遠い粘土-.地質ニュース,385号,9-18.
2)藤井紀之(1993):トルコからの便り(その3) セピオライト、その様々な生い立ち.地質ニュース,470号,57-67.
1)はメシャムパイプ党向き、2)はトルコへ行って原石を取りたい人向きです。
なお ”日本でメシャムを探したい方”へ;
新城市八名井、栃木県葛生、岐阜県春日鉱山、新潟県赤谷鉱山などにあるようです。
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