Briar_Note (5/x): - いわゆるオイルキュアリング -2009/12/06

この記事は先のNote(4/x)【あとがき】に続く内容で、語義について考える。

テーマは
<oil curing>という<word>は、誰がいつ最初に使い、その意味するところは何であったか

-------------------------------  まとめ  -------------------------------
 curingは、日常生活の場面では、『治癒、治療』と『干物を作るための乾燥』が主要な意味である。後者の意味で使われる文例を探すと、”seasoning” や ”drying”の場合とは異なり、やや限定的に使われている。つまり『乾燥する目的物すなわち素材』は制限されてはいないが、食物が対象となっている例が多いようだ。
 タバコの世界でキュアリングという語は、『 農家が畑で採集したタバコの生葉を倉庫などに持ち込んで行う(最初の)乾燥工程の全体』を指し、英語圏では半ば専門用語化している。 curing された葉が、タバコ製造工場に持ち込まれて加工される過程での乾燥作業には drying が使われ、curing は使われない。
 木材関係の世界では、『木を乾燥させる』意味での乾燥は、”seasoning”か”drying”が普通に使われる。両者の区別は、前者は『温度域が常温乾燥』の場合を指すケースが多いが、そうでない時もある。 『加熱乾燥』を指す場合には、後者がよく使われている。この使い分けは学術書ではかなり明確であるが、一般図書では必ずしも明確でない。
 木材工学(あるいは森林資源学)の論文や技術文書を見ると、”curing” は『硬化』の意味にほぼ限定されている。 例えば合板を作成するときに使用する接着剤の硬化などを curing と表現している例が見られる。curing substance といえば『硬化剤』である。
 A.H.Dunhillは”The Gentle Art of Smoking(1954)”で、タバコの製造法とパイプの製造法について詳しく解説した。同書は団伊玖磨により”ダンヒルたばこ紳士(1967)”として完訳された。翻訳で『乾燥』としている元の言葉は、"season"、"dry"、"cure"の三通りがある。<ダンヒル英語>の使い分けは、かなり明確であるように見える。
 ダンヒルの"curing"は<摘み取った直後の葉を乾燥させる>場合に限られている。

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上のまとめは、以下の文献に使われている用語例に基づいている。

1)ダンヒルとサシエニの文書に、cureあるいはcuringは全く使われていない。
A.Dunhill:1) Improved Process and Apparatus for Seasoning and Finishing Tobacco pipes,1913(GB). *1913年1月27日付けの仮仕様書と、7月26日付けの正規仕様書がある。文書の冒頭句; ブライヤーまたは他の木材でパイプを作る際に、油は有益な補助材料であるが、喫煙する時の熱で臭気がでること、ボウルの外観が滲み出る油で損なわれるという問題がある。製作時にパイプに浸み込ませた油をできるだけ速やかに、障害が出ない程度まで乾燥あるいは除去しないと、工場での製造には適さない。それで乾燥器を考案した--という趣旨の説明がある。以下の本文は、器械構造と取り扱い方の説明が全てで、US特許文書にみられる『油漬け』や『サンドジェット』の説明がない。1913年の乾燥器開発は、Bruyèreの仕上げ、工期短縮に重点目標がおかれていたと考えてもよいだろう。Shell製作への応用はこの後の考案と思われる。

 2) Apparatus for seasoning and finishing tobacco-pipes,1920,1921(US).『D考察』が詳しい。

 3) The Pipe Book.,(1924)14章に "The Modern Briar"pp240-248がある。(別稿予定)J.Sasieni:  An Apparatus for Seasoning and drying Tobacco Pipe Bowls,1919(GB)『S考察』が詳しい。
2)A.H.Dunhill(1954)は著書で、”たばこ葉のcuring” を次のように解説している。
 Leaves that are simply dried have little more odor or taste than any other dried leaf. It is the curing and fermentation that gives the leaf its particular flavor. In all methods of curing the leaves may be partly dried by sun, but the two principal processes thereafter are known as air curing and flue curing. (after "The Gentle Art of Smoking". Chp2:The Growing of Tobacco,Curing,p39.)
 
3)R.C.Hacker(1984)は著書で、ebauchons工場での工程を説明する際に、briarをcureする--という表現を用いた。
 Sawing out the ebauchons.... The briar ebauchons are then graded.... Next,
the briar is "cured,"which is just another term for aging and drying  the wood,
 a process that takes anywhere from three months to three years, depending upon manufacturer. During this aging process, the briar is kept in ventilated sheds and periodically moistened to keep it from cracking.. 
  Years ago, briar was cured naturally by letting it sit in the sun for two or three summers, and wetting it periodically. In this way, all of saps and resins were eventually disseminated from the wood. ...(after "The Ultimate Pipe Book". Chp2:Pipemaking Today,P45) 

4)L.Alexis and M.Alainは、"The Illustrated History of The Pipe(1994)"で、briar pipe製作あるいはebauchonsの説明でcureを使用せず、たばこ葉の処理のところでcureを使っていることは、A.H.Dunhillの著書と全く同じである。

5)團伊玖磨(1967)は、上記した2)の訳出に際して、ブライアーについても、たばこ葉についても『乾燥』としている。fermentationは『馴らし』すなわち発酵としている。

6)中古パイプのコレクターであった梅田晴夫(Theパイプ,1973)は、ダンヒル刻印の種別、製作年代の判別については詳しく記載したが、製作方法についての記述はない。

7)現代日本の楽器メーカーのホームページを見ると、材料の保管兼乾燥室は"seasoning room"と英訳されているのが普通のようである (例えばYamaha)。

8)日本木材学会の英文雑誌Journal of wood scienceに投稿されている論文の題名や
抄訳をみると、curingは『硬化、固まる』の意味で使われていることが普通である。例えば木材に注入した防腐剤や接着剤が固まることを指す場合に使われ、乾燥の意味では使われない。

9)j辞典でみた(最も)広義な例:オックスフォード現代英英辞典(7版)
cure for something;  something that will solve a problem, improve a bad situation, etc.: a cure for poverty. 

------------------------------   後書  --------------------------------
  一つの言葉は、使われる世界が変ると元の概念に新たな意味が付加されたり、逆に一部が抜け落ちることがよく起こる。一つの世界にあっても、時代とともに意味が変わることも珍しくはない。
  oil curing はそのパイプを作った当事者ダンヒルの造語ではない。ダンヒルがどんな考えを持って、ブライヤ-にどんな処理を施したかは、『D考察』を読めば明らかだ。しかし、ダンヒルの処理を誰がoil curingと呼び始めたかは不明である。
  それでoil curing が本来持たされていた意味も分からないままである。oil curing はパイプ製作者サイドの<技術用語>ではなく、おそらくはユーザー世界の造語であろう。それが日本語で<オイルキュアリング>に置き換えられるとき、この言葉を使う本人の意味が明確であれば、言葉としての問題は起こらないだろう。
  <語>= oil curing は符号に過ぎない。ある世界で使う用例を絶対的な基準とし、別の世界でもそれに倣えという説得には、あまり意味がない。
 ジェントル・アート第5章の冒頭句を理解し、--<rose briar>からバラ原木説が生まれた前例を知りながら---、自分の中で<oil curing>にそれを再現することは避けたい --- と思う。

 ここまでで<ブライヤ-パイプ>と<ダンヒル語>の探索はほぼ終了した。次回からはもう少し具体的な事物を相手にしようと思う。-終-